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1. 物損事故と人身事故の違いは?
交通事故は「人身事故」と「物損事故」に区別されます。人身事故と物損事故の違いをきちんと把握し、適切な対応をとりましょう。
1-1. 物損事故・人身事故とは
人身事故とは、人が負傷したり、死亡したりした交通事故を言います。
これに対し、物損事故とは、車両や建物、道路標識などの「物」にのみ損害が発生した交通事故を言います。
1-2. 請求できる損害賠償項目の違い
人身事故と物損事故では、それぞれ請求できる損害賠償の項目が異なります。
人身事故では、人身損害についての賠償が発生します。人身損害には財産的損害と精神的損害(慰謝料)があります。
財産的損害は、交通事故により支出を余儀なくされた損害としての治療費や交通費、介護費などの「積極的損害」と、交通事故がなければ得ることができたにもかかわらず、事故により得ることができなくなった休業損害、逸失利益などの「消極的損害」に分けられます。
精神的損害は、交通事故によって被害者に生じた精神的苦痛を指します。これを補償するものとして、入通院慰謝料のほか、けがによる障害が残った場合の後遺障害慰謝料、被害者が死亡した場合の死亡慰謝料があります。
一方、物損事故では物的損害の賠償が主になります。例としては、車両修理費や代車料のほか、事故により自動車が使えなくなった分の利益損失である「休車損」、事故による損傷で自動車の評価価値が下がった分の「評価損」が挙げられます。
人身事故 | 物損事故 | |
|---|---|---|
損害賠償の項目 | 【財産的損害に対する賠償】 ・治療費 ・交通費 ・介護費 ・休業損害 ・逸失利益 など
・入通院慰謝料 ・後遺障害慰謝料 ・死亡慰謝料 | 【物的損害に対する賠償】 ・車両修理費 ・代車料 ・休車損 ・評価損 |
2. 物損事故から人身事故に変更できることがある
事故直後は物損事故として警察に届出をしていた場合であっても、数日経過してから、けがが判明するケースや、目立ったけががなくとも痛みを感じるケースがあります。そのような場合は、すぐに警察に人身事故への切り替えを申し出ることが重要です。物損事故から人身事故への切り替えを行うべき事例や理由を解説します。
2-1. 人身事故への変更が必要となるケース
具体的には、次のようなケースで人身事故への切り替えが必要となります。
事故直後は痛みを感じなかったものの、数日経ってから痛みや違和感が出て、治療が必要だと判断される場合
妊婦や高齢者、持病のある人の体調が事故後に悪化した場合(身体への影響が大きくなる可能性がある)
事故直後に加害者から「違反点数の加算により自動車に乗れないと仕事ができなくなる」などと懇願されて物損事故として届け出たものの、身体の痛みが認められるような場合
事故に遭った直後から、負傷部位やけがの程度を詳しく把握できるとは限りません。事故後に何らかの違和感が出た場合は、人身事故への切り替えを検討したほうがよいでしょう。
2-2. 人身事故への切り替えができる条件
物損事故から人身事故に切り替えるためには、まず医療機関での診察を受け、事故によるけがであることを証明する診断書を取得する必要があります。
「数日で治りそうな軽傷に診断書は不要なのではないか?」と疑問も生じるかもしれません。しかし、事後的な紛争を防止するためにも、けがの程度にかかわらず診断書を取得しておくことが重要です。
その後、交通事故が起こった場所を管轄する警察署に行き、診断書を提出のうえ、人身事故に切り替えたい旨を申告します。
この際、診断書のほかにも、免許証や自賠責保険証なども必要となる場合があります。必要書類については事前に管轄の警察署に問い合わせのうえ、準備をしておくと手続きを円滑に進められます。同時に、自分の保険会社と加害者側の保険会社にも、人身事故に切り替えた旨の連絡をしましょう。
2-3. 切り替え期間(期限)|いつまで変更できるのか?
事故から日数が経ちすぎると、警察が人身事故への切り替えを受け付けてくれないケースがあります。
切り替えが可能な期間の目安は、事故日から2週間以内と考えておくとよいでしょう。2週間以上が経過してからの切り替えは警察に拒否される可能性があります。
できるだけ早く切り替えの申告をする必要がある理由は、大きく2つあります。
1つめは、事故から時間が経つと、事故とは別の原因によるけがではないかと疑われてしまう点です。2つめは、事故から時間が経つことにより、事故現場の保全が難しくなり、警察の捜査も困難になってしまう点です。
もっとも、切り替えの期限については法律で定められているわけではなく、あくまで事実上の運用に過ぎません。したがって、警察に拒否されたからといって、すぐに切り替えをあきらめる必要はありません。
警察の対応に納得できない場合は、弁護士などに依頼して交渉してもらうのも一つの方法です。これにより、警察が人身事故への切り替えに応じた事例もあります。
3. 物損事故から人身事故に変更するメリット
物損事故から人身事故に変更するメリットは、主に以下の4つです。
自賠責保険の補償を受けられる
請求できる損害賠償の項目が増える
自動車の保有者への責任も追及できるようになる
警察官に実況見分調書を作成してもらえる
3-1. 自賠責保険の補償を受けられる
自賠責保険は、すべての自動車保有者に加入が義務づけられている「強制保険」です。自賠責保険の補償は、交通事故における人身損害のみが対象です。
物損事故は自賠責保険による補償の対象外であるため、交通事故で車両などの損害が発生しただけの場合は、自賠責保険ではなく任意保険で対応しなければなりません。
自賠責保険は、交通事故で被害者が受ける人身損害に対して定型で最低限の補償を行い、迅速な被害者救済を図ることを目的としています。そのため、物損事故による物的損害は補償範囲に含まれていません。
3-2. 請求できる損害賠償の項目が増える
物損事故で補償されるのは車両の修理費や代車料などの物的損害が中心です。
一方、人身事故として扱われれば、治療費や休業損害、さらに精神的損害としての慰謝料なども請求できます。人身事故に切り替えた場合に増える損害賠償の項目は、主に次のようなものです。
治療費
交通費
介護費
休業損害
逸失利益
入通院慰謝料
後遺障害慰謝料
死亡慰謝料
このことから、人身事故のほうが被害者に支払われる賠償額が大きくなりやすいと言えます。
3-3. 自動車の保有者への責任も追及できるようになる
人身事故への切り替えによって、実際に自動車を運転していた加害者だけでなく、その自動車を運行させて利益を得ている人に対しても、損害賠償責任を負わせることができます。これを「運行供用者責任」と言います。
運行供用者の具体例は次のとおりです。
自動車の所有者
リース会社や社用車を管理する会社など、自動車の管理者
会社が従業員に車を使わせている場合の会社(従業員を雇用する者)
他者に車を貸して使わせている所有者
盗難車が事故を起こした場合の所有者(管理に問題があった場合)
たとえば、実際に運転していた人が任意保険に加入しておらず、事故による損害賠償金を支払えない場合には、事故車両の所有者や管理者などにも損害賠償を求めることができます。これにより、被害救済を図ることが可能です。
ただし、運行供用者に損害賠償を請求する際は、運行供用者が車の運行について管理や支配(運行支配)をしていることと、その運行によって利益(運行利益)を得ていること、という2つの要件を満たす必要があります。
3-4. 警察官に実況見分調書を作成してもらえる
人身事故として警察で処理されると、実況見分調書や当事者の供述調書が作成され、事故の状況が詳細に記録化されます。実況見分調書は、相手の保険会社との間で過失割合(被害者と加害者の落ち度の割合)が争点となる場合において、客観的な資料となります。また、民事訴訟においても重要な証拠となります。
一方、物損事故の場合は実況見分調書が作成されず、事故の発生日時や状況のみが記録された「物損事故報告書」が作成されます。当事者の供述や現場検証は内容に含まれないため、過失割合が争点となった場合に、被害者の主張を裏づける証拠にはなりにくいケースがあります。
人身事故に切り替えると、警察があらためて実況見分を行い、実況見分調書を作成してくれます。あとで相手の保険会社と紛争が生じた場合でも、有力な証拠として利用できます。
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4. 物損事故から人身事故に変更するデメリットは?
物損事故から人身事故に切り替えるメリットがある一方で、デメリットはほとんどありません。
確かに、供述調書の作成協力のために警察署を複数回訪れたり、実況見分に立ち会ったりするなどの時間や手間が発生することは否めません。
しかし、現場状況の調査に協力しておかないと、あとで正当な損害賠償を受けられなくなるのは被害者本人です。そのため、適正な額の賠償を受け取るためにも、かかる手間をデメリットと捉えるべきではないとも言えます。けががある場合は迷わず変更手続きを行ったほうがよいでしょう。
ただし、事故当事者の双方がけがをしているような場合で、過失割合が定かでないケースでは、人身事故の届出をきっかけに双方が被疑者として扱われ、自分にも違反点数が加算される可能性があります。
5. 物損事故から人身事故に切り替える方法(手続きや必要書類)
物損事故から人身事故に切り替える場合の手続きは次のような流れで進みます。
5-1. 【STEP1】医療機関を受診し、診断書を取得する
人身事故は、人がけがをしている事故を意味します。したがって医師が診察や検査を行い、「頸椎捻挫(けいついねんざ)」などの傷病名を記載した診断書が発行されていることが切り替え手続きの前提です。
5-2. 【STEP2】被害者と加害者双方の保険会社に連絡する
人身事故として保険会社に対応してもらうために、自分が契約している任意保険会社と加害者の任意保険会社に、人身事故に切り替える旨を連絡しておきましょう。この手続きは、自分の保険を使うか使わないかに関係なく行っておくことが重要です。
5-3. 【STEP3】警察署に診断書を持参し、人身事故への変更を申し出る
医師から診断書が発行されたら、なるべく早めに警察に提出し、人身事故として届けておきましょう。届け出る場所は、交通事故が起こった場所を管轄する警察署です。
5-4. 【STEP4】警察官による実況見分が行われる
警察が人身事故として捜査を開始するにあたり、実況見分への立ち会いを求められるケースが一般的です。事故の状況を正しく理解してもらうため、実況見分にはできる限り協力しましょう。
5-5. 【STEP5】人身事故の交通事故証明書を申請できるようになる
警察が人身事故としての処理を終えた場合、事故の扱いが物損事故から人身事故に変更されます。以後、人身事故と記載された交通事故証明書の発行を受けられます。
交通事故証明書とは、事故があったことを証明する書類です。自賠責保険の請求をする際などに必要となります。
6. 警察が人身事故への変更を認めないケースは? 認められなかったときの対処法
警察が人身事故への変更を認めないケースと、その際の対応策について説明します。
6-1. けがと事故の間の因果関係に疑いがある場合
事故とけがとの間に明確な因果関係が証明されないと、警察は人身事故として扱いません。たとえば、事故から数週間後に痛みなどの症状が現れた場合です。日常生活で交通事故以外の原因でけがをする可能性もあるため、時間が経つほどに事故とけがとの因果関係の証明が難しくなります。
6-2. 切り替えが認められない場合は「人身事故証明書入手不能理由書」を作成する
人身事故として医療費や慰謝料などを請求する際は、人身事故の証明書が必要です。しかし、人身事故への切り替えが認められない場合は、相手の保険会社に対して「人身事故証明書入手不能理由書」を提出することにより、医療費や慰謝料など人身損害分の保険金請求に応じてもらえるケースがあります。
人身事故証明書入手不能理由書には、人身事故による証明書を取得できなかったことについて、やむを得ない事情がある旨を記載します。
具体的には、以下のような事例で人身事故証明書入手不能理由書を作成する必要があります。
事故によるけがが軽微で、一度の通院検査や短期間で治療が終了する予定の事案
警察が人身事故証明書を発行できない私有地などでの事故
上記の例以外にも、事故の状況などから、人身事故の証明書が入手できなかった個別の事情を説明します。
記載の内容に不備があったり、説得力がなかったりする場合は、保険会社から適正な補償が受けられないリスクがあります。そのため、弁護士に相談のうえで人身事故証明書入手不能理由書を作成するのが最も安全と言えます。
7. 物損事故から人身事故への切り替えについて、弁護士ができること
けがと事故の間の明確な因果関係に疑義が生じている場合や、事故からすでにある程度の日数が経過している場合は、人身事故への切り替えができない場合があります。とくに時間が経っていると、けがと事故との因果関係は否定されやすくなります。
このような場合は、弁護士に依頼することで、因果関係の立証や書類の収集および作成についてサポートを受けられます。弁護士費用特約のある保険に加入している場合は、少ない負担で弁護士に依頼できます。
物損事故から人身事故への切り替え手続きを弁護士に依頼するメリットは次のとおりです。
人身事故への切り替えに向け、警察への届出や保険会社とのやりとりなどを一任できる
そのほかの損害賠償請求に必要な手続きも任せられる
法的根拠にもとづく請求により、損害賠償の増額が期待できる
7-1. 人身事故への切り替えに向け、警察への届出や保険会社とのやりとりなどを一任できる
弁護士は、保険会社との複雑なやりとりや交渉を代行できます。さらに、医療記録や診断書などの医療証拠を収集し、事故との因果関係を立証するための書類準備をサポートします。
また、警察への人身事故への切り替えの届出や、必要書類の準備と提出も任せられます。
7-2. そのほかの損害賠償請求に必要な手続きも任せられる
弁護士は、必要に応じて医師の診断書や専門家の意見書を取りつけ、医学的根拠を補強して、事故とけがの因果関係の立証をめざします。
相手の保険会社との交渉がまとまらない場合は、訴訟提起の手続きも代行できます。被害者が適正な賠償を受けるために全面的にサポートします。
7-3. 法的根拠にもとづく請求により、損害賠償の増額が期待できる
弁護士が代理人となることで、入通院慰謝料の算定基準にも影響が出ます。
慰謝料の算定基準には、「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判所基準(弁護士基準)」の3つがあります。
自賠責保険基準は、法律で定められた最低限の補償を行う基準で、支払われる慰謝料などの金額は最も低いです。
任意保険基準は、加害者が加入する任意保険会社が独自に設定する基準で、保険会社ごとに基準額は異なります。自賠責基準よりも高い額が提示されることが多いものの、裁判所基準(弁護士基準)には及ばないケースが多いです。
裁判所基準(弁護士基準)は、裁判所が過去の裁判例をもとに算定するもので、被害者に最も有利な基準です。慰謝料は一般的に3つの基準の中で最も高額となります。
弁護士に依頼することで裁判所基準(弁護士基準)で慰謝料を算出できるため、被害者が受け取れる慰謝料額が高額となりやすいです。
8. 物損事故から人身事故への変更に関してよくある質問
Q. 交通事故でけがをしたが、加害者側から「物損事故で進めたい」と言われた場合、どうすべき?
加害者側から「物損事故として警察に届け出たい」と言われても応じるべきではありません。被害者が加害者の違反点数について配慮する必要はないうえ、あとで正当な賠償を受け取れなくなるリスクがあるためです。
Q. 物損事故から人身事故への切り替えは1カ月後や半年後でも可能?
物損事故から人身事故への切り替えの期限について、法律上の定めはありません。
しかし、時間が経過するほど警察や保険会社が事故とけがの因果関係を認めにくくなるため、できるだけ早い切り替えが望ましいです。切り替えまでの期間の目安は事故日から2週間以内のため、半年後の切り替えはかなり困難と言えます。
9. まとめ 物損事故から人身事故に切り替えたい場合は弁護士に相談を
交通事故に遭った直後には物損事故として警察に届け出ても、あとになってけがが判明した場合、人身事故に切り替えることで適正な損害賠償を受け取れる可能性が高まります。物損事故から人身事故への切り替えには条件があるほか、事故から時間が経ちすぎていると切り替えが認められにくくなる可能性があります。
人身事故への切り替えについて不安がある場合は、弁護士に手続きを依頼するとよいでしょう。弁護士費用特約がある保険に加入している場合は、少ない負担で弁護士に依頼できることもあります。
交通事故の被害について無料で相談できる弁護士事務所も増えているため、積極的に活用することをお勧めします。
(記事は2025年12月1日時点の情報にもとづいています)
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